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木原誠二の家系図がヤバイ!若い頃は海外在住で家族構成を調査!


最近はスキャンダルネタも後を絶たない木原誠二さんですが、実はすごい経歴をもっている方でもあります。

しかし、そんな木原誠二さんの経歴さえも普通のことに思えてしまうほど、身内の経歴もかなりヤバいことになっています。

この記事では木原誠二さんの超エリートな家系図の紹介とともに、若い頃の海外在住生活や現在の家族構成までを調査致しました。

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木原誠二の家系図がヤバい

木原誠二さんの家系図がヤバいことになっています。

木原誠二の家系図

祖父:木原通雄

祖母:下坂花枝

父:木原雄一郎

母:遠藤雅子

長男:木原正裕

次男:木原誠二

すでにこの名前でピンとくる方もいるのでは。

ではそれぞれ驚愕の経歴をご覧ください。

祖父:木原通雄

 誕生年:1909年

 1962年 第一銀行取締役

 1962年 第一信託銀行常務

 1962年 朝日銀行常務

 1965年 大沢商会専務

 1968年 大沢商会監査役

祖母:下坂花枝

下坂花枝さんは下坂藤太郎の六女でした。

その父親にあたる下坂 藤太郎さんがまたすごい方で、

下坂 藤太郎

 1899年 台湾銀行理事

 1906年 台湾銀行副頭取

 1912年 台湾銀行監査役

 1912年 東洋精糖専務

 1914年 東洋製糖社長

 1915年 東洋海上火災保険社長

 1928年 日商社長

このような華々しい経歴の方です。

 

そしてお父さんは

父:木原雄一郎

 誕生年:1936年

 1960年 東京銀行入行

 1988年 日本国際通信取締役

 1991年 日本国際通信常務

 1995年 日本国際通信専務

 1997年 日本テレコム顧問

 2001年 東京療術学院副院長

これまたすごいですね。

 

母:遠藤雅子

(遠藤俊太郎の長女、遠藤醇の妹)

 

お兄さんは

兄:木原正裕

 誕生年:1965年

 2017年 みずほ証券執行役員

 2020年 みずほ証券常務執行役員

 2021年 みずほフィナンシャルグループ執行役常務

 2021年 みずほ銀行常務執行役員

現在みずほフィナンシャルグループ代表執行役社長兼グループCEOです。

お兄さんもスゴイ方ですね。

 

そしてご本人木原誠二さん

木原誠二

1970年 誕生

1993年 大蔵省入省

2005年 衆議院議員

2012年 衆議院議員

2013年 外務大臣政務官

2015年 外務副大臣

2021年 官房副長官

すごい、しか出てきません。

木原家は銀行の家系なのでしょうか。

こうしてみると木原誠二さんだけ政治家と、毛色が違いますね。

それにしても身内がみな完全に世間一般とはかけ離れてます。

最初、木原誠二さんの経歴を知った時、ケタ外れと思っていましたが、家系図を見るとそれも何だか普通な感じに見えてしまいます。

やはりエリートの家柄で育つと、エリートになるべく教育を受けることでしょう。

また普段の生活の中でも考え方や物の見方など、様々な影響を受けるのでしょうね。

むしろこんな環境でいわゆる一般的な育ち方はできないだろうなと思います。

木原誠二、若い頃は海外在住だった

そんな木原誠二さん、若い頃はどのように過ごしていたのでしょう。

生後、すぐに海外生活を送るようになります。

木原誠二さんは1970年6月に東京で生まれ、その後

・生後9ヶ月の頃にシカゴに移住。

・1976年6月に帰国するものの、3年後の1979年5月、8歳の頃に今度はアムステルダムで生活。

同年12月に帰国しますが、8年ほど海外で生活していました。

お父さんの仕事の関係だったそうです。

まだ海外で生活する日本人は少なかったこともあり、そんななかで木原誠二さんは当時を「世界の奥深さ、楽しさ、そして怖さも感じていたように思います」

と語っています。

日本に戻ってからは、野球に夢中になり、プロ野球選手のフォームを真似ることに熱中していました。

そんな中から、「真似ることが上達への早道」だということを学んだそうです。

確かに、真似ることが上達への早道というのはよく言われますね。

それを身をもって知ることができたのなら、素晴らしい経験をされたようですね。

中学校、高校時代もスポーツに夢中

野球に夢中の小学生時代を送った後、1983年に武蔵中学校・高校に入学。

武蔵中学校・高校は、校則はおろか制服すらもない自由な校風の学校でした。

そこで「時には羽目を外すこともありましたが自由であることの難しさと厳しさを学んだ」

とのことです。

かなり自由な中で学校生活を送られたようですね。

今どきは、事件や問題が起きるリスクを考えると、このようなスタイルで学校運営することは難しいと思います。

中学校、高校時代は野球ではなく、テニスとピアノに夢中だったそうです。

またこの頃、おニャン子クラブに熱中していたというエピソードもあります。

そしてこの後、1989年に東京大学法学部へ入学します。

しかし勉強に明け暮れるわけではなく、大学に入学してからもテニス熱は続いていたようです。

朝、昼、晩とテニスに没頭する毎日で、その甲斐あってか

・関東団体戦準優勝

・全国選抜ダブルストーナメント3位

こんな成績を収めています。

木原誠二さんはこの大学生活で「練習は嘘をつかない、人を引っ張るには率先して自分が動くしかない」ということを学んだそうです。

そんな木原誠二さんのコメントに、現在のリーダーシップを発揮するまでの原点がここにあるような気がしました。

若い頃は海外在住で、その後日本で素晴らしい学生生活を送ってきた木原誠二さんですが、共通して言えることは「熱中する」ということではないでしょうか。

どんなことでも夢中でやり抜く経験というのは、とても得るものが大きいと思います。




木原誠二の家族構成

木原誠二さんの家族構成はこのようになっています。

・木原誠二

・妻

・子供2人

現在、木原誠二さんの奥様についての情報は一切公開されていません。

木原誠二さん自身は、過去に結婚歴の情報はなく、現在の奥様との結婚が初婚のようですね。

一方、奥様は離婚歴があり、現在の木原家の上のお子様は、奥さまの連れ子となります。

下のお子様は、奥様との間にできた実子となります。

お子様についても情報は公開されていません。

2021年12月4日に、愛人と思われる女性とその子供の3人で神奈川県横浜市内の神社にて、七五三のお祝いを行った件がスクープされました。

この時の様子が、あまりにも本物の親子のように見えたため、その場にいた子供は愛人との隠し子ではないかという憶測が飛びまわりました。

この件に関して木原誠二さん本人は完全否定、あくまで友達であると発言していました。

実際は隠し子だったのか、真相に関してはハッキリしていません。

愛人と噂される女性は銀座の有名クラブの元ホステスさんです。

現在シングルマザーであることからも、隠し子説は有力視されていました。

また、連れていた子供も、木原誠二さんのことを「パパ」「ジジイ」などと呼んだり、子供の飲んだジュースをストローをそのままで飲むなどの行為が見られ、友達関係を超えているようにも思われます。




まとめ

木原誠二さんの家系は

祖父:木原通雄

祖母:下坂花枝

父:木原雄一郎

母:遠藤雅子

長男:木原正裕

次男:木原誠二

このようなとんでもないエリート家系でした。

こんな中では、むしろ普通に育つことが難しいと思われるほどの環境です。

若い頃はシカゴやアムステルダムなどの海外在住を経験し、帰国後はスポーツを通して学んだマインドが今の活躍に生きているようです。

そんな木原誠二さんの家族構成は、奥様とお子様2人の4人となっています。

これだけの立場になれば、いろいろとご苦労もあるでしょうが、

これからも国会議員としてのご活躍に期待してます。