人物

細川隆一郎の息子もジャーナリスト!高市早苗や統一教会との関係は?


毎日、政治家と統一教会がらみのニュースが続きますが、ここへきて高市早苗さんも統一教会関連の媒体に関係していたとの報道が出ましたね。

高市早苗氏いわく、「大好きな細川隆一郎先生からのお誘いで喜んで参加した対談でした」と話しています。

細川隆一郎さんと言えば、政治記者、評論家であり、テレビのコメンテーターとしても活躍した方です。

「昭和の頑固おやじ」ともいわれ、「キレキャラ」としても知られていますよね。

若い方は細川隆一郎って誰?という方も多いのでしょうか。

ここでは細川隆一郎って誰?どんな人なの?という方に向けて、『細川隆一郎の息子もジャーナリスト!高市早苗や統一教会との関係は?』として、以下の事をまとめてみました。

この記事でわかること
  • 細川隆一郎のプロフィールと経歴
  • 細川隆一郎の息子や娘、嫁の家族構成
  • 細川隆一郎と高市早苗や統一教会との関係は?

細川隆一郎の息子もジャーナリスト!

細川隆一郎さんは2009年に90歳で亡くなられています。

息子さんや娘さんも政治記者ということで、細川隆一郎とはどういう人だったのかをここではお伝えします。

まず細川隆一郎さんのプロフィールと経歴を見ていきましょう。

細川隆一郎:プロフィール

 

名前:細川 隆一郎(ほそかわ りゅういちろう)

生年月日:1919年1月1日

年齢:90歳没(2009年8月25日)

出身地:福岡県小倉市(現:北九州市)

学歴:東京府立四中(現:東京都立戸山高等学校)、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業(学位は政治学士)

趣味:日本舞踊、空手、ゴルフ、スキー、水泳、野球等スポーツ全般

第79代内閣総理大臣の細川護熙は遠い親戚にあたります。

細川隆一郎:経歴

1942年:早稲田大学を卒業後、大坂毎日新聞社東京本社に入社。

1942年:入社後は陸軍東部通信本部に配属され、硫黄島に出征

1945年:新聞記者として復職し、毎日新聞東京本社の経済部、政治部記者として勤務。

1963年:神戸市局長着任

1966年:東京本社政治部長就任。

1967年:「日本政治への提言」を連載して「日本新聞協会賞」受賞

1968年:東京本社編集局次長就任

1970年:中部本社編集局次長就任

1973年:東京本社編集顧問

1973年:同社定年退職、以後、政治評論家となる

2003年:脳梗塞を発症し左半身麻痺となり、重ねて失明する。

2009年8月25日:老衰のため90歳で死去

細川隆一郎さんは、脳梗塞を発症した時も体に麻痺が残り介護が必要になった時も、元々の頑固が性格で、介護認定が最高のランクだったにも関わらず、それを認めず実際よりも軽い状態を申告していたそうです。

仕事を続けることを何より望んでいたようで、娘さんのサポートを受けて介護生活もされていました。

細川隆一郎の息子(娘・嫁)

細川隆一郎さんは息子と娘、嫁の4人家族でした。

息子さんは政治ジャーナリストの細川隆三さんです。

娘さんは細川珠生さんでこちらも政治ジャーナリストです。

娘さんはテレビ番組「爆報!THEフライデー」に出演した際に、父親細川隆一郎さんの介護について語っています。

 

嫁は細川春子さんといい書道家として活躍していました。




細川隆一郎と高市早苗や統一教会との関係は?

細川隆一郎さんと統一教会や高市早苗さんとは、どういう関係があったのでしょうか。

統一教会に関係しているとされる政治団体、勝共連合の勝共運動に賛同していたそうです。

その機関紙である「世界日報」で対談したり、講演活動をしていました。

今回の高市早苗さんの統一教会との関わりとされる報道は、細川隆一郎さんから誘われて対談したと語っていますね。

21年前に・・とすでに亡くなっている細川隆一郎さんに責任を押し付けて卑怯だとSNSでの評判ですね。。

今後の高市早苗さんの語る内容にも注目していきたいですね。




まとめ

今回は『細川隆一郎の息子もジャーナリスト!高市早苗や統一教会との関係は?』として細川隆一郎さんについてまとめました。